緑と陰翳がひとつづきの隧道をつくる、大磯の隠れた景。京極夏彦『邪魅の雫』の妖しい空気が、いまも息づく場所。
大磯駅から歩いてほどなく、住宅地の一角に口を開ける細い切り通し。両側から迫る土の壁を苔と羊歯が覆い、頭上の枝葉が光をこして、真昼でも夕暮れのような翳りをたたえています。人ひとりぶんの幅を進むほどに、外界の音は遠ざかり、時代の層の奥へ入り込んでいくような感覚に包まれます。
観光地として整えられた華やかさはありません。だからこそ、ミステリーやミュージックビデオ、シネマティックな企業映像の舞台として、この場所は稀有な説得力を持っています。
切り通しの上に鎮座する愛宕神社は、大磯宿の火伏せ(防火)の神。火の神・火産霊命(ほむすびのみこと)を祀り、宿場の暮らしを火災から守る社として親しまれてきました。
もともと社は、大磯駅の南側にひろがる丘陵の最も高い場所にありました。転機は明治23年(1890年)ごろ。三菱財閥二代目・岩崎弥之助の別荘(のちのエリザベス・サンダース・ホーム)造成にあたって丘が掘り割られ、そのとき通されたのが、いまに残るこの切り通しです。工事に伴い、神社は西寄りの現在地へと遷されました。人の営みが地形そのものを彫り込んだ痕跡が、この一本の道なのです。
壁面には、戦時中に掘られた防空壕の跡が今も残ります。切り通しの石段には大正14年(1925年)改築の銘。ひとつの通り道に、明治の開発、戦中の記憶、昭和の営みが幾層にも重なっています。
『邪魅の雫』(じゃみのしずく)は、京極夏彦の百鬼夜行シリーズ第九弾。2006年に刊行され、この大磯・平塚の地を舞台にした一作です。刊行時には大磯・平塚地区限定の特別装丁版まで用意されました。大磯海岸で見つかる変死体を発端に、縁談をめぐる不穏な連鎖が広がっていく——薄暗く、湿度をはらんだ物語の空気は、この切り通しの佇まいそのものと響き合います。
本作のプロモーション映像のロケ地としても取り上げられ、作品世界を体感できる“聖地”として訪れる人も少なくありません。緑の隧道を抜ける体験そのものが、物語の入口のように感じられるはずです。
湘南で映像制作をする私たちが、実際にロケハンして感じた撮り方のヒントです。
直射日光が入るとコントラストが強くなりすぎ、壁の質感が飛びます。緑を透かす柔らかな光の午前か、曇りの日が最も表情豊か。
まっすぐ抜ける通路の遠近を主役に。人物を奥に小さく置くと、隧道のスケールと孤独感が一気に立ち上がります。
ジンバルやドリーで前進する移動撮影が世界観に直結(=上の映像の手法)。歩く速度の等速移動が没入感を生みます。
鳥の声、風、足音。現場の音そのものが雰囲気をつくります。BGMは足しすぎず、余白を残すほうが妖しさが際立ちます。
大磯駅から国道1号を渡り、南側の丘へ。切り通しは愛宕神社の参道脇にあります。Googleマップで開く
大磯・平塚・湘南エリアのロケーションを知り尽くした映像制作。企業PR・ドキュメンタリー・シネマティック映像まで、ロケハンから撮影・編集まで一貫して承ります。
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